チームみらいで初当選した、九州選挙区の古川あおいさんの父親は誰か、親子で政党が違う理由について詳しくご紹介します。
2026年2月の衆議院選挙で、新しい風を吹き込んだ「チームみらい」の古川あおいさん。

ニュースや選挙特番を見て、「あれ?古川って……お父様も政治家じゃなかったっけ?」と気になった方も多いのではないでしょうか。
実はその直感、当たっているんです。
でも、なぜ親子で全く違う政党から、しかもライバルとして出馬したのか不思議ですよね。
この記事では、チームみらいの古川あおいさんの父親が誰なのか、父親とは違う政党で選挙にのぞむ険しい道を選んだ古川さんの想いを、同じ現役世代の視点からひもといていきます。
古川あおいの父親は自民党の古川康
噂の真相はずばり、古川あおいさんのお父様は、自民党の現職衆議院議員である古川康(ふるかわ やすし)氏です。
「親子で国会議員」というだけでも驚きですが、ベテランの父と新人の娘という構図には、単なる親子の物語以上のドラマがありそうですね。
まずは、お父様がどのような方なのか、そして気になる親子仲について見ていきましょう。
元佐賀県知事で元国交副大臣の経歴と実績
お父様の古川康氏は、まさに「政治のプロフェッショナル」と呼ぶにふさわしい経歴の持ち主です。
佐賀県唐津市に生まれ、ラ・サール高校から東京大学法学部へ進学。
その後、自治省(現在の総務省)に入省し、若くして佐賀県知事を3期11年も務められました。

知事時代の実績を引っ提げて国政に進出してからは、総務大臣政務官や国土交通副大臣といった要職を歴任されています。
私たちの子育て世代にとっては、「元知事」や「副大臣」といわれても少し遠い存在に感じるかもしれません。
- 古川康氏の主な経歴
- 東京大学法学部卒業
- 佐賀県知事(3期連続当選)
- 衆議院議員(自民党・佐賀2区などで当選)
- 国土交通副大臣などの要職を歴任
でも、長年にわたり地方行政と国政の両方でリーダーシップを発揮されてきたその手腕は、疑いようのないものでしょう。
古川あおいさんが東大法学部から厚生労働省の官僚、そして政治の道へと進んだ背景には、やはりこの偉大なお父様の背中があったのかもしれませんね。
これだけの地盤があれば、息子さんが「自民党から出馬して跡を継ぐ」というのが、いわゆる「二世議員」の王道ルートですよね。
しかし、あおいさんはその安定したレールをあえて選ばなかったのです。
選挙の親子対決で親子仲は?
そこで一番気になるのが、「親子仲は大丈夫なの?」という点ではないでしょうか。
父親は政権与党である自民党の重鎮、息子は改革を掲げる野党「チームみらい」の新人。
普通に考えれば、家庭内がギスギスしてしまいそうな状況ですよね。

ただインタビューなど見ていると、あおいさんの言葉からは、お父様への個人的な反発というよりも、「政治家としての独立心」が強く感じられます。
古川あおいさんは選挙戦において、父親からの「地盤(組織)・看板(知名度)・鞄(資金)」の三バンを一切引き継がない「ガチのライバル関係」であることを公言しています。
もし私が彼の立場なら、父の力を借りて少しでも楽に当選したい……なんて甘い考えを持ってしまうかもしれませんが、彼女は違いました。
あおいさんは、幼い頃から「将来は政治家になるの?」と聞かれ続け、世襲と見られることに強い葛藤があったそうです。

だからこそ、父とは違う「エンジニア」としてのキャリアを築き、自分の足で政治の世界に飛び込んだのですね。
おそらく、プライベートでの親子仲が悪いわけではなく、お互いにプロフェッショナルとして「政治の場では馴れ合わない」という厳しい線引きをしているのでしょう。
それはある意味、私たち一般の親子よりも深い信頼関係がないとできないことかもしれません。
【独自分析】父親と政党が違う理由とは?
では、なぜ彼女は父と同じ自民党ではなく、できたばかりの「チームみらい」を選んだのでしょうか。
単なる「親への反抗」ではなく、そこには彼女自身のキャリアと、これからの日本をどう変えたいかという明確なビジョンの違いがありました。彼女の過去のインタビューや経歴から、その理由を深掘りしてみます。
ここには、大きく分けて3つの理由があると考えられます。
理由1:「法律」を「コード」と捉えるエンジニア視点
あおいさんは元厚労省の官僚ですが、その後アメリカの大学院でデータサイエンスを学び、シリコンバレーでエンジニアとして働いていました。
古川あおいさんの詳しい経歴についてはコチラ▼をご覧ください。

彼にとって法律とは、守るべき古い掟ではなく、社会を動かすための「プログラムコード」なんですね。
自民党の政治が「既存のシステムを微修正しながら守る」ものだとすれば、彼が目指すのは「バグ(不具合)だらけの古いシステムを、テクノロジーで根本から書き換える」こと。
このスピード感と改革への熱量は、伝統的な自民党の中では発揮しづらいと考えたのでしょう。
理由2:「届く」政治へのこだわり
お父様の世代の政治は、道路や橋を作るような「大きなハードウェア」の整備が中心でした。
しかし、古川あおいさんが重視するのは「行政サービスのデリバリー(届き方)」です。

例えば、給付金が決まっても手元に届くのが遅かったり、申請が複雑だったりしますよね。
私たちも役所の手続きでイライラすることがありますが、彼はそういった「使いにくい行政」を、スマホ一つで完結するような「Amazon並みの便利さ」に変えようとしています。
これは、古い慣習が残る大きな組織よりも、スタートアップのような身軽な政党のほうが実現しやすいはずです。
理由3:しがらみのない場所での挑戦
もし父の地盤を継いで自民党から出ていたら、古川あおいさんは「古川康の息子」として一生見られ続けたでしょう。
支援者も父の代からの人ばかりになり、新しい意見を通すのが難しくなったかもしれません。

「チームみらい」を選んだことで、あおいさんは親の七光りではなく、彼自身の「実務能力」や「テックの知見」で評価される道を選びました。
親子で違う道を歩むことは、対立ではなく「役割分担」なのかもしれません。
父が守ってきた地元の伝統と、息子が切り拓くデジタルの未来。
どちらも今の日本には必要な要素であり、あおいさんはそれを理解した上で、あえて父とは違う「未来の担当」として手を挙げたのではないでしょうか。
まとめ
ここまで、古川あおいさんと父・古川康氏の関係、そして彼があえて父とは違う政党を選んだ理由について見てきました。
親子で同じ職業を選びながらも、所属する組織やアプローチが全く違う。これは、私たち一般の家庭でも起こりうることかもしれません。
親の世代が築いてきた土台に感謝しつつも、時代に合わせて新しいツール(彼の場合はテクノロジー)で社会をより良くしようとするあおいさんの姿勢は、とても清々しく、応援したくなりますよね。
「世襲」という言葉で片付けられがちな二世議員ですが、彼の場合は、父の力を借りずに「自分のスキル」で勝負する、新しいタイプの政治家といえるでしょう。
子育てや仕事に追われる私たちにとって、行政サービスがスマホで簡単に完結する未来は本当に待ち遠しいものです。
そんな「ちょっと先の未来」を、お父様とは違うやり方で実現しようと奔走する彼女の姿を、これからも期待を持って見守っていきたいと思います。


