いま注目の若手フィギュアスケーター・中田璃士(なかた りお)選手の母親や父親について詳しくご紹介していきます。
フィギュアスケート界の次世代エースとして、世界中から熱い視線を浴びている中田璃士(なかた りお)選手。
端正な顔立ちと、観客を惹きつける華やかな表現力を持つ彼のルーツは、実は「国際色豊かな両親」にありました。

お父さまは専属コーチを務める元フィギュアスケート選手、そしてお母さまはイギリス・ウェールズ出身というユニークなバックグラウンドを持っているんです。
この記事では、中田璃士選手を支えるご両親の経歴や、まるで映画のような馴れ初め、そして家族の絆について詳しく調査しました。
中田璃士の母親はウェールズ出身のイギリス人
中田璃士選手の日本人離れした彫りの深いルックスや、国際大会で見せる流暢な英語力。
その秘密は、彼の母親の存在にあります。
調査の結果、中田選手の母親はイギリス・ウェールズ(Wales)出身。
ウェールズは独自の文化と言語を持つ誇り高い地域であり、中田選手が試合のキス・アンド・クライで日の丸と共に「赤い竜」が描かれたウェールズの国旗を掲げる姿は、ファンの間でも有名です。
母:メイソン・ホリーはどんな人?
中田璃士選手の母親のお名前は、ホリー・メイソン(Hollie Mason)さんといいます。
彼女はイギリス・ウェールズのカーディフ(Cardiff)出身で、かつてはマッサージセラピストとして働いていました。

そんなホリーさんと璃士選手の父・誠人さんとの出会いは「豪華客船」だったんです。まるで映画のような出会いですよね!
二人が出会った場所は、なんと世界を旅する「豪華クルーズ客船(ロイヤル・カリビアン・インターナショナル)」の上でした。
当時、誠人さんは船上のアイスショーに出演するプロスケーター、ホリーさんは船内のスパで働くスタッフでした。
船の階段で一人寂しくゲームをしていた誠人さんに、ホリーさんが優しく声をかけたことが交際のきっかけだったんです。
“My mum and dad used to work on a ship,” Nakata said. “And my mom says my dad was lonely, playing games on the stairs. Then my mom talked to my dad and from that, I think, everything happened.”
【日本語訳】
【引用元】【引用元】olympic「From Jack Sparrow to Nakata Rio: The fresh face of Japanese junior figure skating and the little treasures that tell his journey」
「昔、両親は船の上で働いていました」中田選手は明かします。「母の話では、父が階段でぽつんとゲームをしている姿が寂しそうに見えたそうです。そこで母が声をかけたことがきっかけで、今の僕たちに繋がるすべてが始まったんだと思います」
中田選手自身も「母が話しかけたところから全てが始まった」と語っており、国境を超えたこの出会いがなければ、現在の才能は生まれていなかったと言えるでしょう。

スケートは素人のホリーさんですが、璃士選手の成長、特にメンタル面での支えになっているんです。
ホリーさんはスケートの専門家ではありませんが、その明るい性格で中田家の精神的支柱となっています。
オリンピック公式ホームページのインタビュー記事の中で、幼少期のエピソードとして、ホリーさんが「シングルサルコウ(ジャンプ)が跳べたら『妖怪ウォッチ』の手袋を買ってあげる」と璃士少年と約束した話があります。
His mom promised to buy him a pair of gloves decorated with his favourite anime character, Yo-kai Watch, if he landed a single Salchow. Unable to land it at the time, Nakata’s longing for the gloves got the better of him and he resorted to a bit of trickery to get his hands on them.
“My mom didn’t know skating well at that time. I did a single free jump then I told my mum that was a single Salchow,” Nakata said. “I told my mom I did it. Then I got the gloves. Yes, I lied to my mom.”【日本語訳】
【引用元】olympic「From Jack Sparrow to Nakata Rio: The fresh face of Japanese junior figure skating and the little treasures that tell his journey」
シングルサルコウに成功したら、大好きな『妖怪ウォッチ』の手袋を買ってもらう――。そんな母との約束がありましたが、当時の彼にはまだその壁は高すぎました。それでも手袋を諦めきれなかった中田少年は、物欲に負け、ついにおねだりのための「可愛い嘘」をついてしまったのでした。
「その頃のママはスケートのことをよく知らなくて。適当にジャンプを跳んでから『今のシングルサルコウだったよ』ってママに言ったんです。『できたよ!』って報告して、まんまと手袋をゲットしました。そう、ママに嘘をついたんです(笑)」
当時まだサルコウが跳べなかった璃士少年は、簡単なジャンプを跳んで「これがサルコウだよ!」と可愛らしい嘘をつきましたが、ホリーさんは(気づいていたかは定かではありませんが)それを信じて手袋を買ってあげたそうです。
技術指導は父、メンタルケアとご褒美は母という、素晴らしい役割分担が垣間見えます。
また、家庭内での会話を英語で行うことで、中田選手に「ネイティブレベルの英語力」という世界で戦うための最強の武器を授けたのも母・ホリーさんの功績です。
【顔画像で比較】母親は璃士くんと似てる?

ファンの間で最も関心が高いのが、「中田選手は母親似なのか?」という点です。
船橋市の地域情報サイトで公開されている家族写真を拝見すると、ホリーさんは非常に快活で明るい笑顔が印象的な女性です。
画像を比較すると、中田璃士選手のぱっちりとした目元や、鼻筋の通った顔立ちは、間違いなく母親のホリーさん譲りであることがわかります。
一方で、笑った時の柔らかい表情や雰囲気には、父・誠人さんの面影も感じられます。
中田選手はイギリス生まれ(カーディフ出生)の日英ハーフですが、ご両親の良いところをバランスよく受け継いでいると言えるでしょう。
「母が試合会場にいると特別なエナジーが湧く」と本人が語る通り、ホリーさんの存在は、そのルックスだけでなく、中田選手の情熱的なスケーティングスタイルそのものにも大きな影響を与えています。
父親はコーチの中田誠人
中田璃士選手の父親は、現在彼の専属コーチも務めている中田誠人(なかた まこと)さんです。
試合のキス・アンド・クライで隣に座っている男性が誠人さんであり、彼もまた、かつて氷上で戦ったトップアスリートでした。
現役時代の成績や経歴
中田誠人さんは1983年生まれ、フィギュアスケート王国である福岡県の出身です。
彼の現役時代の経歴を紐解くと、現在の璃士選手の活躍に通じる「実力」と「魅せる力」のルーツが見えてきます。
誠人さんは、髙橋大輔さんと同世代に活躍した選手でした。
主な戦績は、
- 2000-2001シーズン: 全日本ジュニア選手権 9位
- 2001-2002シーズン: 全日本ジュニア選手権 3位
- 2002-2003シーズン: ISUジュニアグランプリ 北京大会 7位
特に2001年の全日本ジュニア3位という成績は、当時の日本男子界においてトップクラスの実力を証明するものです。
ジュニア時代から国際大会(JGP)を経験していることは、現在コーチとして璃士選手を海外遠征に連れて行く際のアドバンテージになっています。

2006年、22歳で競技を引退した後、誠人さんはすぐに指導者になったわけではありません。
誠人さんは「プリンスアイスワールド(PIW)」や、「ロイヤル・カリビアン」のクルーズ船アイスショーチームに所属し、プロスケーターとして世界中の観客を魅了していました。
ショーの世界では、ジャンプの点数以上に「観客を楽しませる表現力」が求められます。
璃士選手が「パイレーツ・オブ・カリビアン」や「グラディエーター」といった映画音楽で観客を意識したアピール力の高い演技ができるのは、プロスケーターとして父が培った「ショーマンシップ」のDNAを受け継いでいるからに他なりません。
実際に璃士選手は、2024年10月のジュニアグランプリ中国大会で優勝した際、父が現役時代に使っていた衣装をこっそり持ち出して大会で着用して父を喜ばせたという感動的なエピソードも持っています。
教え子で有名選手はいる?
現在、中田誠人さんは千葉県船橋市にある通年型リンク「三井不動産アイスパーク船橋」を拠点とする「MFアカデミー」でアシスタントヘッドコーチを務めています。
このアカデミーは、元全日本王者の中庭健介ヘッドコーチが率いる名門チームであり、トップレベルの選手育成を行っています。
誠人さんにとって、そして現在の日本フィギュア界にとって、誠人さんの指導者としての手腕を証明する最大の「実績」こそが、息子の中田璃士選手その人です。
誠人さんの指導哲学は「主体性」。
一方的に教え込むのではなく、選手自身に考えさせ、イメージさせることを重視しています。
親子でありながら、リンクの上では「コーチと選手」という厳しい関係性を築き、世界ジュニア選手権優勝という快挙を成し遂げました。
かつて自分が憧れたアレクセイ・ヤグディンの映像を息子に見せ、技術と情熱を継承していく「父子鷹」の姿は、多くのフィギュアファンの心を掴んで離しません。
まとめ
中田璃士選手の強さと魅力の背景には、素晴らしいご両親の存在がありました。
- 母親のホリー・メイソンさんはイギリス・ウェールズ出身。クルーズ船での運命的な出会いを経て、璃士選手に「ネイティブレベルの英語力」と「ポジティブなメンタリティ」、そして端正なルックスを授けました。
- 父親の中田誠人コーチは、全日本ジュニア表彰台の実績を持つ元選手であり、プロスケーターとしての経験も豊富です。璃士選手に「確かなスケーティング技術」と「観客を魅了する表現力」を継承しています。
日本とイギリス、技術と感性。
異なる要素が見事に融合した環境で育った中田璃士選手。 ご両親から受け継いだ「最強の翼」を広げ、2030年のフレンチ・アルプス五輪へと羽ばたく姿から目が離せません。


