カザフスタンのフィギュアスケート選手・ミハイル・シャイドロフの父親は一体どんな人なのか、詳しく深掘りしてご紹介します。
フィギュアスケート界で今、急速に存在感を高めているカザフスタンの新星、ミハイル・シャイドロフ選手。

2025年の四大陸選手権での金メダル、世界選手権での銀メダル獲得は、あのデニス・テン選手以来の快挙として世界中を沸かせました。
そんな彼の躍進を支えているのが、現在も現役コーチとして活躍している父、スタニスラフ・シャイドロフさんの存在です。
いまも健在で、ミハイル・シャイドロフ選手を支える存在として注目を集めています。
- 「お父さんはどんな人?」
- 「デニス・テン選手とも関わりがあったって本当?」
この記事では、ミハイル・シャイドロフ選手の原点であり、カザフスタンのスケート界を裏で支え続ける父、スタニスラフ・シャイドロフさんの知られざる経歴と絆の物語をご紹介します。
ミハイル・シャイドロフの父親は元フィギュア選手で名コーチ!
ミハイル選手の父、スタニスラフ・シャイドロフさんは、単なる「選手の家族」ではありません。
彼自身もかつては氷上で戦ったトップアスリートであり、現在は国からその功績を認められた名コーチなのです。
父親:スタニスラフ・シャイドロフのプロフィール
まずは、基本的なプロフィールを見ていきましょう。
- 名前: スタニスラフ・シャイドロフ(Stanislav Shaidorov)
- 国籍: カザフスタン
- 現在の拠点: ロシア・ソチ
- 職業: フィギュアスケートコーチ
- 称号: カザフスタン功労コーチ(Honored Coach of Kazakhstan)
現在、ミハイル選手のメインコーチは1994年リレハンメル五輪王者のアレクセイ・ウルマノフ氏が務めていますが、その技術的な土台(基礎)を作り上げたのは、紛れもなく父・スタニスラフさんです。
その功績により、カザフスタン政府からは「功労コーチ」という名誉ある称号を授与されています。
父親の現役時代の成績
スタニスラフさんが現役選手として活躍したのは、ソビエト連邦崩壊後の1990年代後半から2000年代初頭にかけて。
当時のカザフスタンはスポーツをする環境としては非常に厳しい時代でしたが、彼は国内の男子シングル界を牽引する第一人者でした。
- 1998年:カザフスタンフィギュアスケート選手権 優勝
- 2000年:カザフスタンフィギュアスケート選手権 優勝
このように、なんと2度のナショナルチャンピオン(国内王者)に輝いています。
ユーリ・リトヴィノフ選手といった強力なライバルたちと切磋琢磨し、世界選手権や四大陸選手権への切符を争っていた実力者でした。
ミハイル選手が持つアスリートとしての才能は、間違いなくこの父から受け継がれたものだと言えるでしょう。
コーチ時代のエピソード
引退後、カザフスタンのアルマトイでコーチとなったスタニスラフさんは、息子のミハイル選手にスケートの基礎を徹底的に叩き込みました。
当時の練習環境は過酷で、屋内のリンクが足りず、凍えるような屋外リンクで親子二人三脚の練習をすることも珍しくなかったそうです。
そして2018年、息子の才能をさらに開花させるため、一家は住み慣れた故郷を離れ、ロシアのソチへ移住するという人生を賭けた決断を下します。
自分自身のコーチとしてのキャリアも適応させながら、経済的・環境的に息子を支え抜く覚悟。
まさに「親の愛」と「プロの判断」が生んだ決断でした。
また、2023年のフィンランディア杯では、メインコーチのウルマノフ氏が入国トラブルで帯同できなくなった際、急遽スタニスラフさんが現地へ飛び、息子のピンチを救ったというエピソードもあります。
ミハイル・シャイドロフの父親とデニス・テン選手の関係は?
ミハイル選手が「デニス・テンの再来」と呼ばれる背景には、単に同じ国籍であるという以上の、運命的な繋がりがあります。
その「縁」を繋いでいたのが、父・スタニスラフさんでした。
デニス・テンが幼い頃に指導していた
驚くべきことに、父・スタニスラフさんは、カザフスタンの英雄デニス・テン選手が幼い頃、彼にスケートを指導していた時期があります。
デニス・テン選手といえば、後にタチアナ・タラソワ氏やフランク・キャロル氏といった世界的名将に師事し、ソチ五輪で銅メダルを獲得したレジェンドです。
しかし、テン選手がまだ世界の誰も知らない少年だった頃、アルマトイのリンクでスケートの楽しさや基礎を教えていたコーチの一人が、スタニスラフさんだったのです。
このことは、オリンピック公式ホームページの記事「Mikhail Shaidorov takes Kazakh figure skating into flight 10 years after late hero Denis Ten」にあるシャイドル選手の記事で語られています。
Shaidorov’s father, Stanislav, briefly coached Ten as a child and Shaidorov later took masterclasses with him, so the whole family was cheering for the late Kazakh star when he made his Olympic debut at Vancouver 2010 and won a bronze medal at Sochi 2014.
オリンピック公式ホームページ「Mikhail Shaidorov takes Kazakh figure skating into flight 10 years after late hero Denis Ten」より
【日本語訳】
シャイドロフの父親、スタニスラフは、幼い頃のデニス・テン選手を短期間コーチし、シャイドロフは後に彼(テン)のマスタークラスを受講した。そのため、家族全員で、2010年バンクーバーオリンピックでオリンピックデビューし、2014年ソチオリンピックで銅メダルを獲得した故カザフスタンのスターを応援していた。
ミハイル選手自身もインタビューでこの事実に触れており、「父は子供の頃のデニスを短期間指導していた」と語っています。
また、ミハイル選手自身も後に、父と一緒にデニス・テン選手のマスタークラス(特別指導)を受けた経験があるそうです。
つまり、スタニスラフさんは「カザフスタンの初代王者」として、英雄デニス・テンへ、そして息子のミハイルへバトンを渡した「歴史の結節点」とも言える重要な人物なのです。
シャイドロフ家とデニス・テンとの絆とは
シャイドロフ家にとって、デニス・テン選手は単なる「かつての教え子」を超えた、希望の光そのものでした。
2010年のバンクーバー五輪デビュー、そして2014年ソチ五輪での銅メダル獲得。
カザフスタンの国旗が五輪の表彰台に翻ったあの瞬間を、シャイドロフ家は家族総出で熱狂的に応援していたといいます。
当時まだ幼かったミハイル少年は、父が興奮してデニス選手を応援する姿を見て、「カザフスタンの選手でも世界の頂点に立てるんだ」という強烈なインスピレーションを受けました。
しかし2018年、デニス・テン選手は暴漢に襲われ、25歳という若さでこの世を去る悲劇に見舞われます。
カザフスタンのスケート界が深い悲しみに包まれる中、その「遺産(レガシー)」を誰が継ぐのかという重い問いが残されました。
父・スタニスラフさんが息子のミハイル選手を連れてロシア・ソチへ渡る決断をしたのは、奇しくもデニス選手が亡くなったのと同じ2018年のことでした。
「デニスが築いた道を途絶えさせてはいけない」 言葉には出さずとも、父の背中にはそんな決意があったのかもしれません。
現在、ミハイル選手が活躍するたびに口にする「デニスのレガシーを引き継ぐ」という言葉。
それは、幼い頃に父と共に見上げた英雄への敬意と、父がデニス選手へ、そして自分へと繋いでくれたカザフスタンフィギュアスケートの誇りが込められているのです。
ミハイル・シャイドロフ親子に関するSNSの評判
フィギュアスケートファンの間では、フィギュアスケート選手の2世が国際大会で活躍していることに注目が集まっています。
ミハイル・シャイドロフ選手もその一人で、父・スタニスラフ・シャイドロフさんの選手時代を知っているフィギュアファンからは「フィギュアにあらなた歴史が刻まれる」と興奮を隠せないポストも見られますね。
🥇マリニン選手の母はタチアナ・マリニナさん
— 旅するアナウンサー吉野真徠 (@maki440hz) March 30, 2025
🥈シャイドロフ選手の父はスタニスラフ・シャイドロフさん
(現コーチはアレクセイ・ウルマノフさん)
🥉鍵山選手の父は鍵山正和さん
現役時代に世界の舞台で活躍した錚々たる顔ぶれ。
なおご子息は全員コラントッテ。
フィギュアの歴史がまた1ページ… https://t.co/RNXPOvJHnM
ミハイル選手の成長を「ダイヤモンドの原石→パンダ→宇宙人」とたとえて、父の初期指導が基盤になった天才ぶりを暗に称賛するポストも。
トップスケーター、大体天才→宇宙人とか神の子→神みたいな順当な進化してるけどミハイル・シャイドロフだけはダイヤモンドの原石→パンダ→宇宙人っていう訳のわからない進化系辿ってる
— ゆりね (@yrn_tknk) April 27, 2025
ミハイル選手のエキシビションの人気プログラム「カンフー・パンダ」を引き合いに出しているのが、フィギュアファンらしいですね。
このようにファンからは「いまのシャイドロフ選手があるのは、父のコーチングのおかげ」として温かい目で見守られています。
ミハイル・シャイドロフの基本プロフィール
最後に、父と二人三脚で世界の頂点を目指すミハイル選手のプロフィールをおさらいしておきましょう。
- 名前: ミハイル・シャイドロフ(Mikhail Shaidorov)
- 生年月日: 2004年6月25日
- 出身: カザフスタン・アルマトイ
- 身長: 180cm(推定)
- 所属: チーム・ウルマノフ(ロシア・ソチ拠点)
- 主な実績:
- 2025年 四大陸選手権 金メダル
- 2025年 世界選手権 銀メダル
- 2022年 世界ジュニア選手権 銀メダル
長身を生かしたダイナミックな演技と、4回転ルッツなどの高難度ジャンプが武器。
父が築いた基礎技術の上に、ウルマノフコーチの戦略とリギーニ振付師の表現力が加わり、世界屈指のスケーターへと成長しました。
まとめ
ミハイル・シャイドロフ選手の父親、スタニスラフ・シャイドロフさんについてご紹介しました。
- 父はカザフスタン選手権を2度制した元フィギュアスケート選手
- 現在はカザフスタン功労コーチとして息子を支えている(健在です!)
- かつては幼少期のデニス・テン選手を指導した実績もある
- 2018年に息子のために一家でソチへ移住し、才能を開花させた
ミハイル選手の活躍の裏には、カザフスタンの英雄デニス・テン選手との不思議な縁と、自身のキャリアを懸けて息子を支え続ける偉大な父の存在がありました。
次の試合でミハイル選手を見る際は、ぜひお父さんの姿にも注目してみてください。
そこには、カザフスタンのフィギュアスケートの歴史と絆が詰まっています。


